「技術を求めてはいけない!伝える技術の本質」

 

この手の本は沢山出版されているので、皆さんも目にした事があるかと思います。

伝え方の手法や技術はさておき、私が思う伝わる伝え方の本質は

「相手への気持ちがあるのか」

これ一つに尽きると思います。

相手に気持ちがあるから、

相手の気持ちも理解できるし、

相手への想いがこみ上げてくるし、

成長を考えて発言できると思います。

 

この気持ちがなければ

叱ることも怒られたととらえられますし

相手から憎しみを抱かれるし

愛情も変態扱いにされることでしょう。

 

因みに辞書には書かれていませんが

私が考える叱る事とは、相手の立場に立った表現で、

怒る事とは自分の感情表現だと考えています

 

それでは愛とは何ぞや?

恋愛感情の愛とは別で、ここでの愛を簡単に伝えるならば、

親が子供へ抱く無償の愛」だとお伝えしたい

お分かりのように、どんなことも許すことではなく、

「どんな事があっても愛を貫き通す」

というような一貫した想いの事です。

 

どんな失敗をしても、悪い事をしても、愛情をもって成敗し、

できた事に対し、自分の事のように喜び褒めたたえる

それを無償の愛だと考えています。

 

love

 

さて、これとは逆に、いつもイライラしてしまう、

感情的にすぐなってしまうという人もいます。

ついつい全ての言動が感情任せになってしまうという人の事です。

「何故言ったことが伝わらない、何故できない」と

一生県懸命になればなるほどその感情を助長させます

ひどくなるとその感情は威嚇行動へ発展していきます

歩くたび、太鼓でも叩いているかのように

「がんがん、どんどん」と無意味な音を奏でながら…

一人で憤慨している様子は、当の本人からすれば、

なぜ怒っているのかも、誰に対して怒っているのかも分からず、

最後は「いつもイライラしている人」とレッテルを張られ、

ますます聞く耳を立ててはくれません

 

このような習慣が身につくと、だれに対しても

 ➡  悪いところに目が行きがちになる

 ➡  自分の固執したルールで善悪を決める

 ➡  自分の想いや考えを伝えない

という人格を形成し始めます

 

一度相手を嫌いになると、相手の言動全てに憤りを感じるようになります

日ごろから相手を見下していると、相手の発言に攻撃するようになります。

 

これでは何一つ解決することはできません

 

伝える技術の本質は「愛を伝える事」です

愛のある言動、愛のある模範演技、愛のある厳しさ

です

 

言っても治らない、できない、無駄だと諦めるのは簡単なことです

愛を貫き通す期間が長ければ長いほど、

その愛に気づいたとき、それは本人にとって大きな力になります

人は自分の為より、他人の為により大きな力を発揮できます

だから、私は飲食人が好きだし、そこが飲食業界の魅力でもあるのです

 

私がお伝えできることは

伝える知識を学ぶのではなく、伝える技術を磨くのではなく、

 

「自分の中に愛を育む事」

 

これができれば伝えなくとも伝わります。

愛を育むためには、

人の良いところを見つけ出すこと、人を受け入れる事、人を好きになること、

だと断言します

この愛が満ちあふれた時、「伝わる」技術は身についているはずです

 

愛を育みながら伝え方も学びたい

そんな方にはこちらの「早めに理解しておくべき連絡ノートの意外な使い方」

をご覧ください。